坂戸市中富町の保護者様へ。個別指導で人気のフロンティアが偉人を紹介します。
2021/01/31
本田宗一郎
坂戸市千代田の個別指導塾、フロンティアが送る偉人伝、今回は日本人です。
本田宗一郎の子供の頃のあだ名は、「鼻黒の宗ちゃん」。鼻たれを着物の袖でふいて、いつも鼻が黒かったから。彼は、小さいころから機械が好きで、ものをつくるのも大好きだった。車体から落ちたオイルのにおいに惹かれ、地面のオイルの匂いをずっと嗅ぎながら、いつか自分も自動車をつくってみたいという夢を描く
宗一郎は、22歳で独立、自動車修理工場を始めた。30歳で自分発想のものをつくりたいと会社をつくり、ピストンリングを生産。その後、エンジンを自転車に取り付けるという独自の発想で、自転車オートバイを造った。
1946年、浜松に「本田技研工業」を設立。ホンダ初のオートバイ、ドリームD号を造った。のちに失敗を乗り越え、大ヒットとなった「スーパーカブ」を作り上げる。その後もたくさんの試行錯誤があって、やがて、ホンダは世界のオートバイ生産のリーダーとなるのだ。
宗一郎は、こういっている。「やってみもしないうちから『駄目だ』なんて言うな。失敗してもいいから、やるんだ。やってみもしないで何がわかる」
有言実行してきた宗一郎の言葉だから重みがあるね。